日記、またはある種のレポートのような、文章や言葉のまとまり。
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index背景画像の、ご報告。
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再度、画像のようにして・・スキャナで取り込み、加工し、upしました。・・やっぱり気になって。こういう性分でございます。


蓋をせずにプリンターで黒い紙を印刷して・・絵日記や手帳に今読んでいる本(重し)、印刷して用意した黒い紙(折り紙の白際立てる)、折り紙を貼った茶封筒・・の順に上から積んでおります。こっちの方が、うん。


一日中、気になっていて。バイトの日だったのですが。帰宅するなり印刷機とパソコンに向かう私でした。あとfc2ブログの記事のカテゴリーなど間違ってた
(すみません><)のをなおしました。重複していた画像の記事とか、消したりもして。また随時、手を入れていきます。時間見付けて、らくがき取り込み、加工し、
fc2ブログへ画像up!を習慣にしようと思います。


気掛かりはこれにて一段落。
今度こそ〜です。
では。
サイトの事とか、画像の事とか。
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こんばんは。
手短に。


indexなどの背景画像、それからサイトの顔として昨日の絵日記から絵を持ってくるなど、変更しました。それからfc2ブログ、桜画像以来もちょこちょことupしてましたね。すみません。また画像ちょこちょこupしていきますので、fc2ブログまたよろしくお願いします。


さて、なんと昨日になって今日の月曜も休みを頂き。あな嬉し。(ありがとうございます!)サイトの事も出来まして。昨日は縫い物に、indexなどの背景画像の物を作ったり、なんだり。しておりました。fc2ブログにも光に透かした画像をupしていますが。画像にあります、独特の紙質の茶封筒を開いて折り紙をちぎり貼ったこちらが、背景になってます。スキャナでは限界があって・・裏返しに見ると白く浮き出る折り紙の特性は背景画像の通りの加工具合でとなりました。でもこれはこれで今は満足。また面白い紙の効果が、遊びの中から見出だせたら、背景画像なりなんなりにしてみたいと思います。

はい、ではこの辺りで。
休みで、つい口が軽くなる私です。。
また書きます。
では。
読了した本について+α。
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こんにちは。
先日の記事から時間が経ち、少し落ち着いたような具合です。書きたい事、小出しにしようと。その方がいい事もあるかな・・とか、そういうのもありだ・・と、あとになって改めて。



さて読了した本ですが、画像にあります2冊です。
ライアル・ワトソン「未知の贈りもの」、
ポール・ギャリコ「雪のひとひら」。
今年入ってから8冊の本を読んだ事になります。どちらの本も、読んでいる最中や読み終えた時も、終始"えもいわれぬ"好きだなぁという気持ちにさせられるような要素に充ちた本だったと思うし、2冊ともまた読みたい・・また本の中の世界に浸りたい、まだまだ浸っていたい、という名残惜しさを私に残しているなぁ・・と感じています。
「未知の贈りもの」については・・前回の記事で、思う事、書けている気がしますので、特段今回は書かないでおきますね。
「雪のひとひら」は、なんだか愛らしいと言いますか、ふわふわとした気持ちになりながら読みました。主人公が雪だなんて辺りも、・・話のつくりも、なんかいいなって。"人間"だったら、女か?男か?背格好は?顔立ちは?肌の色は?人種は?生まれと育ちは?って一々詮索して・・大体の設定が必要になるというか、その上で話が出てきて進んでいくじゃないですか。どこの国の話かとか・・。でもあんまりこの本では、雪が主人公であるという辺りで、そういった要素・・設定が別段重要なものでもなくなっているように見えて。あと、雪だから・・融けて川の流れに乗って、水の一部になった事を色んな体験から自覚させられたり、いつしか海に辿り着き・・雪として地上に降り落ちてからの我を顧みつつ・・また自分が生まれてきた雲の一部になるという、雪のひとひらの一生がそこで終わるというのが。流体的な話ですよね。これまた好きだなぁって。中沢新一の「雪片曲線論」読みさしなんですが、その中でも"流体的"だとか"流体力学"とか出てきていて、それに関する話はすごく私にとって興味の持てるものなんですね。それがために、「ああだから・・自分にとって好きだとか思う・・というのもあるのかな・・」なんて。あと「雪のひとひら」の訳者の方の"あとがきに代えて"の文も好きだなぁって。物腰が出てるんだろうなというか。ポール・ギャリコの本また違うのも読んでみたいです。



他にも、映画を一本観たのと、ギャラリー ガラスのピラミッドにて「こども展」という可愛い!すごく可愛い・・><家具や洋服、たこさんの陶器の作品、の展示を見に行ったりなどが、私にはありました。ライブも!オヨヨ書林せせらぎ通り店さんに観に行ったり・・。前の記事でも確か、いくつか書いていましたねね。



にしても、またバイトの話ですが。学生の4年生の子が居なくなってからの忙しさが凄まじいです。人不足による忙しさとは言え、いやはやいやはや。私初めは、バイト入りたての頃は何もわからんかったし、仕事出来なんだし、その上すこぶる遅かったし・・だから、「うち足引っ張っとる・・いかん、もう駄目や・・」思ってましたけれども。もう出来る事、惜しんだら駄目というか、やるだけやらねばと言いますか、ばーっと早くするためにはどうしたら良いかばっかりの最近。でもお客さんの一人の人間としての気持ちや、私の気持ち・・そういうものの綾も見ながらですよね。だから・・とりあえず毎回なんとかなってる思いますけれども。今日は休みで、連勤明けで。明日も休みの、この二連休が久しぶりで。うーん。バイトの為の私になってきちゃうぞと、危機感。今日は結局、今のところ・・ゆっくり頭はぼんやり放心する事に費やされていて。絵の為の私、とか。もっと明確な目的意識の元に自分を置かないと、何も成し遂げられやしないんじゃないかと。そこら辺の考え方のヒントが「未知の贈りもの」の中であったなぁと、今書きながら思い出し・・また絶対読みたい、触れたい。



そんなこんなで、この辺りで。
サイトの事、行動に移します。うん、雰囲気変えよう。構造も変えたいけど、こちらはすぐに出来るかわかりません。最低、背景とかフォントカラー変えるだけやもです。あ!fc2ブログにて桜の写真をちょこちょこupしましたので、よろしかったらご覧下さいませ。
では、また。。
たくさんの”言葉”と”考える”と。
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ほぼ一ヶ月振りですね。

実は・・何度か書いてる途中の・・この記事の文そのものを消してしまうというのがありまして・・。その上での、この記事この文なのですが。PCの?サーバーの?・・エラー?で一度目は投稿に失敗。その時の文は1時間近く費やし、書いたものが消えたというもの。二度目は、2~3時間かけて見に行った展覧会や展示の話まで書いたんですが・・勢いあまって保存もせぬままなぜかGoogleのページにとんでしまいまた消えるの有様。幸い、二度目は本の「コタン〜」書き終えたあたりで、全文コピーしていたため、「全てが消えた・・」にはならなかったのですが。そんなこんなの今、この文です。消えたすぐあとの喪失感といったら。はじめは、なるだけ消えたものの再現をしたいと思ったんですが。同じに出来る自信がないし、書いていて「こうだったっけ・・?何か違う」と不安になったり違和感だったり。頑固で意地があるので、ちょっとやり方がまずいと思いまして。さらによりよく、まとまるよう、書かかなければ、全力で、と心にとめ、今一度、こういう気持ちの私として、やってみようと。書ける事、書きたい事を・・消えても消えてもなおのを、「むしろ面倒をやる」つもりでしてますんで、非常に文章肥大化してます。今回は私の意地ですので、読めるだけ読むが良しで、読めん時は無理せんといて下さりませ。



まずは画像にある水色のノートです。絵日記をつけ始めました。絵の事で、twitterに思う事を・・書いたり・・しまして。(何か考えとか、どうしても自分の中だけで抑えられない・・あるいは解決出来そうにない事を、書いてしまうのです。われた風船から漏れ出た空気のようなものとして。)で、その時に書いたのは、一週間のうちに二回はある休みの日に・・絵を描くというのは頭ではわかっていても・・最近となっては、絵画展あとなんかは・・その休みの日にらくがきが出来れば良い方という、現状が私にはあって、これは絵を描きたい私にとっては非常に焦るものだというか、危機感に繋がるというか。学生の頃は、毎日が絵のためにあって、継続的に絵のための時間を持ち、らくがきや油絵または講義であったり雑誌の中メディアであったりから得た物ひとつひとつを重しにしながら「次はどういう事を絵の中でしようか、どんな風に描けば良いか」を常に頭の中に持ち続けていられた、そんな環境にあったと思っているんですが。今はそうではないと、いつもかも絵だけのためのそういう環境下に居る訳ではないなと思っていて。そこでじゃあ、その環境下においてのこの私という人間が、絵を描くという事を行為として欲する時にどういう向き合い方・・取り組み方をしたらよい物かという事を・・悩んで、それでそれをtwitterに書いたんですね。そしたら、その書いたものを読んで下さった方が「絵日記をつけてみたらどう?かけばかくほど味が出る、するめの気持ちで!」と絵日記を勧めて下さって。それが「ああーいいかも〜」ってなって、もうその時点で給料日がきたらそのためのノートを買ってこようと思っている私が居たんですよね。で、かき始めると・・もうまるで随分前からやっていたんじゃないかというぐらい、自分に合っているというか、一言でいうと「楽しい」のです。毎日かくほどに、こう「明日はもっと違うのにしたい」「昨日こんなやったから今日はこうしよう」っていうのが出てきたりして。前は、学生の時の私にとっては、こういう欲求は当たり前に、いつも持っていたものだったんですが、「ああ、そういえばこうだった・・こういうもんだった」なんて絵日記をかいている私は思っているんですよね。そうして、そんな当たり前のような・・些細な欲求から絵であったり文であったりをかいて・・欲するものが毎日、更新されていくような・・新しい気持ちの日々で・・絵の、雰囲気、色、線、構図・・ひとつひとつの見え方も変わってくるし・・こういう事ひっくるめ、絵日記にまつわる事どれもが、「楽しい」です。この「楽しい」から何かしら出来たり、繋がりが出来ていったら、いいなぁと今ぼんやりと考えている私であります。



読了した本について、鑑賞した映画について、そして見に行った展示・展覧会について、
書こうと思います。

 今読んでいる本はライアル・ワトソンの「未知の贈りもの」です。著者であるライアル・ワトソンその人もそう言っていると、どこかで読んだのですが、私もこの本が好きだなぁーと思います。第一に、読んでいて安心します。「こうであるべき」「ねばならない」というような断定的な事は、あまりこの本の中にはないように思います。もっとなんと言いますか、可能性に満ちていて、曖昧な事・・わかってない事・・未知なるものの存在を肯定しているような、もう何もかも出し切っていると思ったらそうじゃない・・まだまだ飽和してはいない、まだまだ余地があると、どうしていいかわからないもいい、そういう事のしっぽのようなものを掴めたならそれだけで、じゅうぶん・・みたいな事を言われているような気になるのです。本そのものは、自然があり・・海が・・水があって・・そこに居る人々の生活があって。著者が科学者?という事があって難しい文章もあり、たまに「わからーん、ここ四回くらい読んどるけど、わからーん・・」という文もあったりするし、まだ読んでいる途中ではありますが。でも、すごく共感出来る、「ああこんなことを書いてる人が居たなんて!」「私が上手く言えなくて、絵にしようとしている事に近いものをこの人はこんなにも、わかり易く言葉にしている」「これが本になっているなんて・・もっと早く手にしたかった、出会いたかった」っていうのも、思ったんですよね。私が漠然と抱えているもの・・不安だったり、悩みかもしれない・・受け皿を持たないもやもやが・・この「未知の贈りもの」の中で出てくる言葉に触れて、ああこの感じは・・って。私の、そう言う時の受け皿が、絵だった。けれどもこの本の言葉もそれになりうる。し、私が自分の絵に欲しいと思っている”わかり易さ”がここにはちゃんとあって、私よりはるかに上手であり、より完成されたひとつの形を持っている、そう言う意味での”一冊の本”だ、と思って。そう思うと、ますますこの本が好きでたまらなくなる私で。またもう一度・・というか何度でも、折々に読みたいです。きっと次に読む時には、難しかったところもわかるだろうし、理解出来たと思っていたところも、また違った表情をみせてくれる気がします。宝物のような一冊。読み終わるのがちょっと惜しい・・。

 さて、読了した本ですが、
「コタンの口笛」 (第一部 あらしの歌 上・下、第二部 光の歌 上・下、全四巻) 石森延男、
「怪人オヨヨ大統領」小林信彦、
になります。
今年に入って読んだ本は、全部で6冊?という事になるのかな。

 「コタンの口笛」は、鈴木義治さんの絵が好きなのもあって読もうと買ったものです。鈴木さんの絵を知ったのは、STUDIO VOICEに載っていた絵本か何かの表紙の・・小さな写真だったと思います。この本で、一番心に残っているのは三巻目の光の歌の上巻です。読んでいる時に私が落ち込んでいたのもあるのですが。この巻では主人公たる二人のきょうだいが非常に辛い想いを強いられるにもかかわらず、逃げ場が見あたらず・・身動きがとれない・・どうしようもなさがあって。悲しいと言えばそうだけども、人間の奥底にある何か底知れぬ・・空恐ろしさがありました。それがすごく印象的だった、その時の私が同調せざるを得なかった。主人公の姉と弟はアイヌ人のお父さんと和人の(本土の人間?日本人?)のお母さんの子供で、アイヌが故の差別に・・小さな胸をしばしば痛める・・。読んでいる間、私はアイヌのこのきょうだいの姉だったし、髪の毛は黒々で毛もきっと濃かった、気持ちがそうだった。一方で・・実際の小学生の頃の自分が思い出され・・。「頭の中にこんなことを巡らせていて・・自分に対してどうあるべきか、人に対してはどうが・・自分自身、今現在どうしているのか、またはどうあるべきか」とか・・比べたり何だりしいしい・・色々を考えてしまいました。気持ちが子供の頃に戻ったようになって、ものの感じ方が違う・・変わった気がして。とても共感している私が居ました。「コタンの口笛」、また何か自分にあった時に読んでみたいかもと思いました。
最後はすごく優しい気持ちになれたから。
色々振り返りつつ、ああよかったなぁって。

 「怪人オヨヨ大統領」。ムフフでした。登場人物のひとりひとりの発言から挙動に至るまでムフフムフフで、「真似したいー真似したいー」と思うくらいでした。オヨヨ大統領の本は、読むのが三冊目でして。前に読んだ「合い言葉は〜」もムフフで、こちらも「こんな言い回しとか、発想とか、真似したいー」となったとのを思い出しながら。そんなオヨヨ大統領の本なのですが、なぜかこの「怪人〜」のあとに出版された本というか話から読み出してしまっていて・・。他にあと四冊?私の・・読んでいない、知らない・・オヨヨ大統領の世界・・話があるようです。
是非に読んでみたいです。



続いて、映画について。
シネモンドにて「大丈夫。 ー小児科医・細谷亮太のコトバー」を観ました。上映後の監督の伊勢真一さんのトークも聞かせていただきました。本当は去年の夏頃?に上映されていた「大丈夫。〜」を観に行こうと思っていたのですが、行けず。今年に入ってから、また上映される事を知り。昨年の2011年キネマ旬報ベストテンの文化映画第1位に選ばれたそれでの凱旋上映との事、行って参りました。伊勢さんの映画を観るのも、お話を聞かせていただくのも、はじめてだったのですが。映画を観ていて「ああまた子供たちの話に触れている」と思って。それはちょうど観に行った頃に「コタン〜」を読み終えたところだったのがあって、「ああ、見たもの、読んだもの、感じたもの・・そうやって触れたものが、こうして自分の中で陸続きになっていくんだなぁ」って、思ったりして。ドキュメンタリーの映画で、小児がんの子供たちが居て、小児科医の細谷さんが居て。映画を観ている時の私は、「陸続き〜」の事から始まって・・いろんな事に考えを巡らせながら、観ていました。子供たちは、子供たちなりに自分の病気と向かい合っている、いつかは誰だって死ぬんだとかいう事とか・・それでそこに小児科医の細谷さんが居て、細谷さんも子供たちの事だとか・・自分の事と・・向き合っている。映画の中から感じた事は、「どうしようもない嫌な事のための自分みたいにしか思えない時であったとしても、何でも些細な事でいいから・・嬉しくなるような思わず笑顔になっちゃうような事、に出会えれば、それだけでも、いいんだろうな・・」という事。「道沿いの家の植木鉢の花が綺麗な色形で愛らしかった」「今朝、向かいの家の人に会ったら喋りかけてくれた」「不意に出掛けてみたら、ばったり友達と会っちゃった」「帰りの歩き途中に猫が鳴いてきた」些細な事が、私を嬉しくさせたりする。一瞬でも、どんなに嫌な事の繰り返しのただ中に居ると思えても、その一瞬のために、自分が居ると思えたらきっと、違うんだろうなというのを・・映画からは、一番に感じた気がします。私自身がそう思う事で、辛い時も・・少し楽な気持ちで進んでいけるかもしれないし、周りの人にもそういった”些細だけれども嬉しい事”をしてあげられるかもしれない、こうして意識する事によって、何かが変わるかもしれない。そう思います。そうして伊勢さんのトーク。メモを取りながら聞かせていただきまして・・うつむき加減だったものですから、なんではあったかもしれませんが・・。色々なお話、聞かせていただきました。一番、印象的だったのは「むこうから”撮って欲しい”と言われて撮っているようなもので、”こういう”映画を作りたいから、”こういう”映像を撮っているではない。被写体の様々なものが”撮って”と言っていて、だから撮る、映画という表現になって、そこから上映・・行動に繋がる」「自分でも、”なんでこんな映像を撮っているんだろう”と思う事がある、でも撮らなければというか・・撮らずにはいられなくて、それはまるで・・誰か、神様じゃないけれども、撮るという事が・・行為が与えられたものであるかのようで」「映画の中でずっと生きていく。長い間、撮影に行っていて・・次に行ったら居ない子もいたりして・・でも映画の中でこうして・・。自然も。なんというか、撮った責任もある訳で」・・大体こんな感じだったと、メモを見ながら・・書き出したのですが。ああ、そういう伊勢さんが居ての、映画なんだなと思う事は、すごく私にとっては大きな事に思えました。映画も、伊勢さんのトークも、本当に色々を考えられて。この日にシネモンドで、そうやって過ごせた・・あるいは参加出来た?事を心から嬉しく思いました。忘れられない、形のない宝物をもらったような気持ちでした。



そして、見に行った展示・展覧会ですが、
母校、金沢学院大学 卒展、
金沢美術工芸大学 卒展、
金沢卯辰山工芸工房 研修者作品展 「31人の感性」、
−10cm司法の小宇宙− 寺田栄次郎展、
木村けい ガラス作品展「はこの中のおはなし」、
になります。

 学院大のは、もう思いっきり身内な気持ちで。知ってる後輩の子の作品を見て、「おお〜こんながにしてきたんやなぁ〜」っと、みんなの卒業制作を一先輩として見に行ったという具合でした。自分の卒展の事や、卒業制作の絵を思い出したりもしました。
 金美のは、主にデザインの・・かわいい系の作品が好きでした。特に「かわいい神社」!手作り感まんさいながら、カラフルで極彩色、狛犬みたいな強面ではなく代わりに猫ちゃん頬紅つけまつげびしばしなのが・・鳥居があって・・なんかもう空間が・・全てが!むっちゃ好きでしたー。また行きたい・・というかむしろ、通いたいぐらい!のなんとも言えぬ魅力・・オーラ?。もう私の中で勝手にベストワン。街か、駅の近く・・交通の便の良いところにそっくりそのまま建てて、お守りも作って販売とか・・「是非に通って下さいませ!皆で”かわいい”を広めましょ」的な運動の拠点のひとつにしてもらいたい・・なんて妄想モクモクしちゃうような、でした。本気で好きです。それから、お薬の代わりに漫画を処方しようみたいなのもあって、その漫画がまたかわいくて好きでした。こちらも「商品化したらほしい!」っていう勝手に妄想・・。そしてその、病気じゃないですけど・・「苛々している時はこの漫画を読んで下さい」「落ち込んだり、悲しい気持ちの時には、この漫画を読んで下さい」というようなのがあって。「ああ、そんな考え方もあるんだなぁ・・」って。ちょっとそれは、私がえを描く時に、「悲しい事があったから、今日の絵の中の人は泣いている・・伏し目がち?かも」「今の私が、楽しいような、ふわふわした気持ちだから、絵の中の人もそんな感じだ・・色もそうかも」とかある、それに近いような気もして、そう言った意味で共感出来、印象的な展示として記憶に残っています。あと、ブリキというか・・ねじ回したらおもちゃのサルが太鼓叩くみたいな・・の牛バージョンみなの・・の展示がありまして、こちらは実際の販売も意識してのパッケージの入ったものもちゃんと用意・展示されていて。牛の品種?とか産地とかのバーコード?みたいなのがパッケージに貼ってあるんですが、当の牛さんが・・首、胴、前足、後ろ足、切断された状態でこう・・入れられてるんですね、で切断面がちゃんとお肉になってるという!その商品化意識のパッケージのが店頭に並んでる的な具合にパネルに12頭ぐらい展示されていて。で、動いたらこの牛さんたち・・どんな感じなのかもわかるようにパネルの前に、小さな柵に囲まれた草原で牛さんが、つまつま歩いたり何だりしていると。バラバラの動きも雰囲気も静止している牛さんと、草(人工芝)の上動きまわり動的で本物に近い雰囲気の牛さん、両方一緒での展示のこのギャップが好きでした。で、もう「売り物に近い完成度ですごい!」=「欲しい!」で。。目移りしました、どの牛さんが良いかしらと・・。かわいい系・・他のもあったんですが、例外的に・・素材の面白さの作品?「そこらへんにある身の回りの他愛もない素材・・ビニールのひもや、梱包材など・・でドレスを作る」というようなのがあったんですが。あんまり好きではなかったです。なんか手法がわかれば、誰にでも出来そうな気がする。それに、日常とか誰かの心の隙間に入っていくとか・・好きになってくれる人が居たら「好き」という気持ちだけで残れそうな気がしますが、それ以上がないといいますか・・もう素材の面白さだけで「すごい!」っていう感覚は、そろそろ飽和というか・・麻痺してくる気がしています。もっと違う目線で捉えられたら、残り方も違うと思いますが。
 卯辰山のは、高校や大学で同級生だった子の作品と、前にも見に行った時に展示してらした作家さんの作品が特に好きでした。展示の場所は21美で。  まず、大学の同級生だった川村さんから。彼女は漆の作品を大学生の時から制作しています。彼女の作品を見て思ってのは、彼女らしいなという事、ベージュの色の漆が今でも好きでいるのだなぁと言う事、そして続けているという事が出てるんだろうなぁという事でした。印象的だったのは、螺鈿のお月様で・・ひとつひとつの中を覗いた時に見えるそのお月様が、それぞれに高さや満ち欠けがあって、「ああ、いいなぁ」ってなりました。また展示する事がある時は見に行きたいです。  続いて、高校の時の同級生の浅野さんです。彼女は高校卒業後、富山のガラスの専門学校?に行き、今は金沢の卯辰山に。絵画展の・・ギャラリー ガラスのピラミッド、浅野さん繋がりでの事で・・そんな彼女との縁です。そして、今回の展示ですが。すがかったです。ガラスの板の表と裏に溝を均一な間隔で作っていく・・彼女が削っていく・・で溝を交わるように表と裏で溝の角度を変えるんですね・・で、確か加熱してとか・・?勝手に書いてますが、良いのかちょっと不安になってきました、ごめんなさい・・。で、前にも富山のとこの卒展見に行かせていただいていて、その時にはじめてその作品を見たんだけども。さらにレベルアップしてる!というか、溝と溝の交わるところに隙間・・穴がひとつひとつ空いていて・・板ガラス自体も形が複雑になっていて、初めはどんな一枚のガラスだったんだろうと、想像するととてもドキドキして・・。光が当たっていて、影も楽しかったです。彼女は、東京は銀座での展示もとの事を先日知りました。まだなのかな?どうなのだろう。。行きたいけど、行けんかもしれん・・><また作品見られる日を楽しみにしとります。  そして、去年も〜の作家さん、田原早穂子さん。私が好きだなぁと、思うのはガラスの塊の作品で。カラフルな色の・・線、面、もわもわとしたような塊・・が、浮いている、わちゃわちゃとみんなで遊んでいる・・ような、見ていて楽しい気持ち、わくわくするような・・が感じられて。琥珀みたいというか。でももっとおもちゃのような愛らしさというか・・かわいいがあるというか・・。で、本気で「この人の作品としてちゃんと、欲しい、買いたい」って思ったです。「作品を買う」という時の気持ちは、きっとこういう気持ちの事を言うのだろうって。「家の自分の部屋で西日の太陽の光いっぱいに浴びてキラキラするであろうなぁ・・」とか「独り占めしたいなぁという欲求、これはこれは」・・と。本当に好きだなぁって。今度またどこかで、田原さんの作品に会えたら嬉しいです。そして先にあるような気持ちに応えられる私であったら、いいなあ・・なんて。
 寺田先生の作品は、はじめて見させていただきました。先生には、大学での夏の集中講義と材料学でお世話になりました。講義いつも大好きでした。展示は小さな作品が横一列にばーっと展示室に整列しているように並んでいて、小窓がたくさん並んだ部屋のようでした。どこか、ヨーロッパの森の中で開けたところから向こうの山そしてその上にある淡い空を仰いでいたり、青い海にどこかの土地?島の緑に空に夏特有の雲・・といったような景色のが好きでした。「金沢かも?」と思うような景色も。そして、「原風景」というのがあって・・なんだか感じたのは、地球が出来たばかりの頃で・・今の動物たちのような生物ではなく、まだ単細胞しかいないような頃の・・ようなイメージ?の作品もあって。こういった作品も描いてらっしゃるんだなぁって思いました。またこの春先にも展示するのがあるそうです。また見に行けたら、行こうと思います。
 木村けいさん、はギャラリー ガラスのピラミッドにて。絵画展を一緒にした早苗さんからのお誘いで。クリスマス展に出していただいた作品も取りに行かんなんしということで、二人で行って参りました。久しぶりに行くとあって、私ドキドキしてしまいました。行きましたら、木村さんと、たこさん、いらして、水野さんはお仕事でいらっしゃらず・・。木村さんの作品は、アクセサリーで、身につける物だけれども、それぞれに”おはなし”があって。展示スペースと、販売スペースに分かれてて。展示の、作品ひとつひとつ入ってるガラスのケースも、”おはなし”作品のイメージによって違っていて、とても愛らしく感じられました。なんだか、木村さんの・・私的な宝物を見せてもらいに行ったような気持ちになって、ふわふわほんわかでした。展示をみさせていただいたあとは、お茶をいただきながら、いろいろお喋りもして。まったり楽しい一時でありました。木村さんの作品もまた見に行きたいです〜。



うん!もう言葉にならないくらいの、唸っちゃう!ぐらいの嬉しさなんですが!
何がって、無事ここまで書いて保存も上手くいっているという事、当たり前であるはずのブログの記事投稿のこれそのものの成功が、目前になっての嬉しさ・・。先週から、「書いても投稿に失敗したりだ」「何だ」と、あったもんですから。足かけ一週間のこの記事ですか。もう、ずっともやもやしてたので。まるで、一冊の本でも読み終えたような気持ちになるのか、果たしてまた違う境地が私を待ってるのか・・といったよなで居たんですが。こう、まとめあげないと、私の中に言葉が溢れて、空きが出来なくなるという状態になってしまう訳で。なんと言いますか、不意によく思うのは、パソコンのデスクトップって、人間の頭の中・・あるいは意識みたいなものに似てるなという事で・・今思ったのは、デスクトップのモデル、もとは人間の頭の仕組みから持ってきてるんじゃないかみたいな。容量いっぱいになったらまさに”いっぱいいっぱい”で出来る事を制限せざるを得ないみたいな。なんか・・そんなこと、考えてる私ですが。

私のアンテナ?良いなと思う絵、買ってしまう本たち、観たい映画、行事、興味あるまたは好きになる色々・・集まってくるんだなぁって思います。傾向も見えてくる。でも絵の人とか、あんまりそれないんです、本当に好きでないと、絵でこの人は!って最近なんなくて。もう全然関係ないような、医療関係の仕事の人の話とか、福祉とか、教育とか。思想云々に興味がとかは・・絵に思想みたいなものを持つとすれば、自然な流れでしょうか?もちろん何か作る人にも興味があるし、美術はもちろんそうですけど・・あと、売る事を学ぶために経済をとか。でもなんか、人に関わる話・・が気になるんだろうなというか。一番、影響あるのは「死なない子供、荒川修作」を観た事からで。でも無理はなくて。ヘレン・ケラーや、障害者の人について、の考え方。病気や障害を持っている人という事。人間の困難とする事に、立ち向かうのが仕事の人たちが、世の中にいて、私が好きな物の事を考えてふわふわしている時も、誰かが一生懸命に全力で人のために思考して行動している・・ものすごい決断をしたりしている、例えば。・・でもその人も”人”ですよね。私も”人”で、友達も”人”・・。それで・・私は、絵が、自分の絵が、自分の困難とするもの・・気持ち的なものですが・・を和らげてくれると信じているし、実際そうなんですよね。で、大学卒業するかどうかぐらいの頃から、絵とか本とか映画に「救われる」とか「許されている」とか・・そんな言葉を私は使うようになったと思っていて。最近に至っては「これって一種のセラピーかしら・・」とか。でもセラピーって聞こえ良くないですよね。なんかいかにも治療みたい。どうですかね?でも小さな傷をいっぱい心に抱えたりするじゃないですか、いちいち泣かないじゃないですか、でも傷は傷で残るし・・覚えていたり思い出したり・・それを「どこかでなんとかしなきゃ!気持ちが・・メンタルが・・」ってのを放置するとまた、気持ちが行動に出たりとか。その「なんとかしなきゃ」って別に特別な事でもないけど、あえて言葉を与えるなら・・”些細な欲求”であって。「なんとかする」=”些細な欲求”=「セラピーになるんでないの?」なんて思ったというのなんですが。でも、私お医者さんじゃないし。医療行為そのものはプロの物だし。私は、だから、絵を描く人間で、その時に人を描いていて・・そこで、必要な事だから、興味を持つんでしょうね。医療の事、福祉の事、教育の事、人に関わる事の色々が。これも、最近ずっとぐるぐると考えている事。ここに書いたので、少しは頭に容量の空きが出来るかしら?



さて、今は3月29日の木曜で。
この一週間にも、展示を見に行かせていただいたり、映画を観たりがありまして。
twitterで、もう書いていたりしますが・・またこうして、まとめたいです。
今度は、まめに下書き保存しながら。
それかケータイから・・。
にしても、fc2ブログへのらくがき画像の更新ぜんぜん出来ずで><
少しずつ、ひとつでも多くup出来るように、進めていきます。

曖昧な事でも、ひとつずつ積み重ねていくと、すごい力になるんだなという事も最近は思います。(「大丈夫。〜」を観て、のところでも、似たような事を書いていますが。)だから少しでも「これ人にしてもらえたら嬉しいかもしれない」と思う事、出来る事から行動に移そうって意識的にやってます。まだ「恥ずかしい」とか「勇気がなくて」と考えてしまって、出来ん事もありますが「ああ、出来なんだ・・」って思うのも大事やと、自分に言い聞かせています。いつか出来るかもしれないものね。

ではでは!またpcで、ここや、他のとこ、サイトそのもので、色々します。
これにて。。

記憶に残って忘れられない事物。
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こんばんは。
今日は休み、書こうと思います。


画像は、以前twitterでも書かせていただいたのですが。昨年の9月に行ったオヨヨ書林さんであったpeter broderickとnils frahm、そしてtakumi uesakaのライブのフライヤー数枚、そしてpeter broderickとtakumi uesakaお二人でのCD。本当は昨年の春先にとあったツアーだったみたいで、でも震災で春先には来られなかったそうで。オヨヨ書林さん店頭のフライヤーで9月にと決まったのを知った時にすぐさまチケット買っている私が居て。ライブ行って、はじめてその人達の音楽に触れて。あの日あの時、私にとって物ではない形のない宝物のような、大切なものとして残っていて。またあの音楽に触れたい、少しでもあの日あの時の事を身近なところに置いておきたい、という気持ちがずっとあって・・。以来つまつま少しずつCDを買い買いしている私です。その中で今年に入って買ったCDが画像ので。nils frahmもpeter broderickも好きだけれどtakumi uesakaの音楽が聴きたくて、たまらず。。気持ちが欲したと言いますか・・。大事大事に聴いています。そんなCD達も宝物と言っていいかもですね。(昨年を振り返った記事で、忘れていたのに後日になって気付き、書こう書こうと思い思い、今日ようやくこうして。)


今はAKの@my best聴いてます。
さっき夕方に届いたAKのCDから。
バイト始めてから月一でCDに本をドカンと買うようになりました。良いか悪いかはさておき、今はそうやって・・好きだ、どうしても欲しい、そう思うCDに本に触れて・・ある種の形式というか世界観というか、ひとつ形になった物から受け取れる某かの感じ、イメージに浸るのもいいのかもしれないと思うです。映画を観るのも、近い感覚な気がします。そういう欲求の人間だな、私って、と思います。また本が数冊とCD一枚が届くのになっているので、物そのものが来るも楽しみだし、その中に詰まっている色々にも楽しみな、私です。


そうして買い買いしたCDや本をブクログに増やし増やしの、なのですが。すごく好きな感じだなぁって思います。もちろん好きで手に入れたのを増やし増やしだから当然と言えばそうですが。こうやって敷き詰めていくと、こんな感じになるのかと、改めて新鮮というか思いもしない視覚的感覚が立ち現れてくると言いますか。実際の、CD、本、を整理整頓する時も、個々の物達がある種の集合体みたいに寄り添い合うと、違った感じがする。・・その感覚がまた好きと。・・これが何かにいつか活きるか、ここまでか、と。感じ、感覚も一度こうして掴んだなら、忘れたくない、覚えていて、いつか某かに繋げていきたいなと。最近の思う事です。


そいや明日も休み。
美容室に行きます。
すっかり人に切ってもらうのにも慣れました。
前は自分で"切る"事にこだわってたけれど、
今はそれがないです。
切ってもらうのが楽しみなくらいで。
切ってもらったり、なんだりの間、ぼんやり出来るのもいいですね。。


と、そんな具合です。
うん、休みの日の放心、このぼんやり感といったら・・
何とも言えぬな感じです。
ではまた、そのうちに。
ちらと。
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こんばんは。
フラットな気持ちで。


自分でjugemブログ読み返し。今年入ってからの記事には必ず、「バイトが忙しい」というような事が書いてありますね。。前回の記事で「あれ?前にも書いたような・・」と思いながら、夢中で他の本や映画の事を書いていたので、読み返す間もなくだったのですが。今になって改めて。


今日はバイトが休みで。pcでは、indexを少しいじって、あとfc2ブログに昨年の絵画展のためにと描いていたけれども発表には至らなかった・・自分が好きな、らくがきを、いくつかupしました。よかったら、ご覧下さいませ。


読み返しますと、長い文章の記事が続いてましたので、たまには短く。。
今日はこれにて。
また書きますー。
興味、関心、衝動、赴くままに。。
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こんばんわ。
今日はバイトが休みの日でした。
pcをずっと触っていて、午後には「死なない子供、荒川修作」のDVDも観られました。


pcでした事は、
indexの背景を変えて、フォントのタグをいじりました。
ブクログ(http://booklog.jp/users/musty)にCDや本を追加、
あと並び替えをしました。
それからずっとindexのリンクから外していましたfc2ブログへのリンクを繋ぎ
(aboutは繋ぎっぱなしでしたね><今日に気付きました・・失礼しました。)、出来ずにいた
絵画展の画像まとめ(http://aiueaoi.blog118.fc2.com/blog-category-18.html)をしました。絵画展のカテゴリ、を作って、全体像が掴めるようなイメージで、見易いようにと・・しています。
fc2ブログそのもので、気になる事が、ひとつあって、画面の上の方に出る横長のバーでして、twitterでも書いてるですが・・テンプレートを変えようかどうしようか、考え中です。また休みの日に持ち越しの課題になるです。


最近はバイトを忙しくしています。絵だとかで、イメージとかをまとめる事が出来ないでいる=アウトプットが出来ずにいるのが増えていて、想像力は寝て見る夢へと手伸ばし足伸ばしな日々が多いです。夢の中での出来事がものすごく魅力的になってくるので・・夢が楽しみになってきたりして。良い悪いはともかく、ああ・・夢だったのかぁ・・という朝があって。夢の中で手に入れた物を起きた現実世界に持って来られない時の気持ちが、毎日あるというのはそれはそれで・・。


バイトと言えば、フリーターという身分に自分は満足しているのかどうなのか・・このままでいいか、あるいはこの先はどうしたいのかについて、考えるようになりました。バイト先の人に「就活してる?」って言われたというのが大きい事なのですが。私の絵だとかの事も含めての話をその時はしてたんだけれども。今は漠としたものとしての、それでして、急にそれの答えを導き出さねばという訳ではないのですが。ひとつこの先の私の考えるべきあるいは、某か決断をせねばならないひとつの課題としての、ということで・・。


さて、本の話。
細野晴臣「分副茶釜」読了しました。
今年は読んだ本の冊数を数えたいと思うです。
細野さんのは記念すべき一冊目です。
読んで・・良かったと思うです。
フラットな感じが・・程よい何かを残してくれるような・・気がすると言いますか・・
個人的意見ですが。
でも細野さんの本が、また何か読んでみたいと思うです。
また違う側面の細野さんを知りたいです・・これまた個人的意見。


それから映画も。
「ふたりのヌーヴェルヴァーグ」、
「ブリューゲルの動く絵」、
横浜聡子の「真夜中からとびうつれ」と「おばちゃん女の子」、
を観ました。今年に入って。
映画も、こうして”観た”と書いていきたいと思います。
「ふたりの〜」は、ああ!私も、もっと活動的な人間になりたい・・もっと!もっと!と
なんか気持ちに火を付けられる想いがしました。
「ブリューゲルの〜」は、ブリューゲルの絵を頭の中で思い描きながら・・風俗と言いますか、その時代の風俗、人、を見ていると思うと面白く感じました。それから、平面的な絵画がどう映画というものになるのかと観ました。映像の感触と言いますか・・が、すごく好きだなぁと思いました。音楽も。DVD出たら・・買おうかどうしようか迷っちゃいそうです。
横浜聡子作品は初めてでした。うーん、「真夜中から〜」が好きかも・・でも「おばあちゃん〜」のエンドロール観て親近感が湧きました。また違うのも観てみたいです。


という具合で。
今日はブログも書けました。。
でも今はもう日付変わっちゃいました。
fc2ブログ、絵画展の画像まとめるまで投稿を我慢していたので、
また写真とかupしていきたいと思います。
あと絵画展に向けて描き溜めた、らくがきもupしたいです。
あ!忘れていましたが、indexの背景のは
今の私のケータイに付けている物です。
自分で縫い縫いしております。
絵に気持ちが行かない、あるいは気持ちが縫い物に向かっているという時が・・そういう衝動が、年明けてからありましたので、それに応えるべくやっているものです。鮮やかな青い布が一番新しい縫いつけた物になります。裏もやっているのですが、こちらの面の方が今のところお気に入りです。また何か増えると思います。無理矢理スキャナで取り込みましてこのような画像にしました。
こういう縫い物もまた折々に。
色々に興味津々です。


ではまた何かありましたら書きます。
気になる事とかまた書くと思います。
では、今度こそ。
これにて。
一年、また一年。
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こんにちは。2012年が明け、早こんな日にち16日となりました。年明けて正月休みだった1日〜2日は、画像の木版画のために、木の板の版を彫っていました。毎年している木版での年賀状なのですが、まとまった休みが年の明けた頃にとなりましたので、明けてからの準備。所ジョージとビートたけしのテレビ番組見たりしながら・・。画像は確か5日のもので、次の日にポストに出し、ぎりぎり7日までという年賀のご挨拶に間に合うようにと、やっておりました。



昨年は、主にバイトが中心で、次いで絵や好きなもの、あと漠として会ってみたいと思っていた方の公演が地元金沢にもという事で・・どちらも21美でとの事で観に行ったりなんだり、といった具合の一年だったと思いっています。

バイトはそろそろ始めて一年になるところです。バイトとはいえ、する事というか出来る事というかが、学生の子でも・・その子その子で差があるし、補い合えばいいんだと思うですけど、今は4年生の子が卒業などあって辞めるという事で、人の減る事に対してチリチリしているというか、雰囲気がなんか・・不安やなぁ思います。色んなお客さん、色んな方がいらっしゃる、その人たちと会えるのが何よりの楽しみです。給料はそんな気にせず決めて、とにかくただそういう色んな人と会えるのがいいなと、そうしている時間から給料もらえるのならなお良いんじゃないかないう、漠とした考えがあったそこからのバイトしようだった訳で。あと人を、描きたいというのがあったから、もっと自分という一個人だけではなく他の人の事も知りたい関わりたいというような気持ちもあったので・・そういう違う側面から見ても、いいなぁという想いがというところから始まってのバイトであり、それの持続を軸として一年という時間を過ごしてきた私なのですが。

その中で?その上での、絵として・・絵画展があると思うです。
すごく緊張もしたけれど、目に見えるかたち、または自分の想像以上の何かが、「絵画展をする」にはあって、私にとってある種のカルチャーショックだったと思います。経験でき、とても嬉しく思っています。終わる日の搬出の時の気持ちは、ライブに行ってそれが終わって家に帰らなくちゃねというときのような気持ちで、名残惜しかったです。なんとなし自分が図太くなれたような気もしたです。

バイトにおいても、日を重ねる毎に少しずつ、図太くなっていってる・・かも?という感触はあるっちゃあるですけれども。

あとはどちらも21美にて、黒テントの「窓ぎわのセロ弾きのゴーシュ」の公演と、山下洋輔の「ベーゼンドルファーを弾く」を観に行く事が出来た事が大きいでしょうか。

黒テントのは、私の憧れ斎藤晴彦さんが主演されるという事で非常に楽しみにしておりました。この憧れは、中学生時代にETVの芸術劇場にて黒テントの「メザスヒリノサキニアルモノ若しくはパラダイス」が日比谷かな?東京タワーの見えるとこであったのを放送するのがあって、それを私はビデオテープに録画してて、何度も何度もそのテープ観てたんですが。そこに斎藤晴彦さんが出演されてたのです。ビデオテープの黒い帯が駄目になる大学生半ばまで、ずっと画面の中の斎藤さんを観てましたので、いつか我が目で斎藤さんの演じられるのを見る事が出来たら・・と思うようになっておりました。2回、黒テントの旅公演のを・・金沢でのを、大学生の時に観に行きでしたが。斎藤さんはいらっしゃらなくて。でも昨年の「窓ぎわのセロ弾きのゴーシュ」では斎藤さんが出演なさるとの事。給料もらい次第すぐさまチケットを買いに行きました。当日は夢心地、「窓ぎわのセロ弾きのゴーシュ」・・楽しくて笑って素敵な時間はあっという間でした。

山下洋輔のもチケットすぐさま買いに行かねばと、バイトの後それだけのために街に出ていったのを覚えています。坂本龍一のスコラのjazz編?で出てらした事や、21美では粟津潔の「燃えるピアノ」?で炎の中でピアノを弾いてらっしゃる若い頃の山下さんの映像の展示などが前々からあって・・今はその映像に合わせてあなたもピアノを弾いてみようという具合に映像と共にピアノが一緒にあるという展示になっていると聞きましたが・・もうなんか漠とした憧れです、山下さんの演奏も我が目我が耳でいつか・・というのがあったのです。当日は、街に出たは良かったんですが、スタバでのんびりしていたらば肝心のチケットを自分の部屋に忘れたのを思い出し恥ずかしい気持ちを噛み潰しながら母に電話し父に持ってきてもらうというバタバタ。気持ちがせかせかながらも、会場で席に着いたときにはもう安心と思いました・・。一台のピアノに山下さんが一人、会場は「満員になりますのでお荷物はロッカーへ・・」と係の人にしきりに言われただけはあるたくさんのお客さん。ピアノの音に、山下さんに、お客さんの気持ちは集中していくその空間が、あまりにも緊張したひとりひとりから糸が延びてるというか・・それが張り巡らされた空間のような、無駄の排されたキンとした雰囲気の中で奏でられていくのがあって。私には非日常的であったし、贅沢なのかもしれないけれども、ここでおいしい食べ物でも食べたいというか、あまりにもピアノの音以外山下さんの動き以外に何もなさすぎて、逆に戸惑う自分というか。食器の出す音とか、誰かの話す小さな声とか、雑多な音の中にピアノの音があったらもっと魅力的や〜なんて、勝手に思ってました。照明も白くて・・ピアノと山下さんだけが真っ暗の中に浮かび上がっているような演出で。もっとオレンジ色とかどうやろうとか思ったですけど、でも張りつめた冷たさというか、演出の無駄を省きに省いた中での本当のありのままが、あるようで・・すごく緊張感、どきどきしました。山下さんのお喋りもまた楽しく・・。あっという間でした。わがままな客なのでもっと聴きたいと思ってしまいました。



昨年は・・あとは・・。京都にも行きましたね。映画も何本か観れたです。本はあまり読めなかったと思うです。じっくり本読みたいです。今一番好きな映画は「死なない子供、荒川修作」です。可能性というか、何か次への一歩を助けてくれるようなすごく陽な感じ、なんとも言えぬ暖かい気持ちをいつも持たせてくれて、漠としているけれども無理が無いような気がします。



年明けてからてからの私は少し余裕の無いようなところがあって、美味しいまたは好きな食べ物食べて、音楽聴いて、バイトのシフトを守って・・で気付けば15日?16日?といった具合での今なんですが。ブログとか、やっぱり絵だとか、好きなものの要素がそうやって・・だんだん自分の中から無くなっていくと、虚無感だなぁとか思ってしまって・・自分の可能性が磨り減っていく気がして・・。言葉とか、このブログとして、去年の事の・・とかを・・書く事自体もやっと今日出来たーという自分が居て、でももっと気楽に身軽な私で・・日々の思うところとか書きたいのに、いつもやっと出来たーではちょっといかがかと思ってしまうという気持ちと共になのですが。
なんか元旦から親と喧嘩したりとか。今年って、2012年とはどんな年になるかとか思ったりもするのですが。目の前の事ひとつひとつを少しずつ。と、思って。去年も何度もそう自分に言い聞かせて、そのうちに一年が過ぎましたから、今年もそう思ってひとつずつ、毎日、毎時間、毎分、毎秒・・自分という人間の出来る事のために居て、余裕があればその出来るを広げたり増やしたりしていきたいです。



そんな色々をもやもやと連れて、暮らしている、好きな事について考えたりしている私ですが、また、ここなり、サイトやネットなり、どこかなりで・・よろしくお願いします。
fc2ブログやんわり繋ぎます><あと遊びで背景の実験みたいな事をしたいとツイッターで書いていたのもしたいです。。準備していこうと思うです。
ではこのあたりで。
砂時計、三つ
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こんばんは。
冷えますね。


雪降る中を歩くの好きです。
記憶の始まる頃から雪自体嫌いではなかったです。積もった雪とか、しんしんと降る雪とか、吹雪とか・・。そういう時に外に出ると。マフラーに帽子に上着に長靴とか履いて傘風上に向けて負けるまじと・・とか。
いずれにせよ歩く事が前提で、ですが。
車乗るのには雪はやですね。
免許取ってもうすぐ一年ですが、あんま乗ってなくて、母に「嫁に行って必要になれば乗るし慣れる」なんて言われるこの頃です。


砂時計が最近、好きな物に加わりました。
こんな小さいけれど、ひとつ完結した世界のようで、ある一定時間その砂の落ちる間の安定した過ぎ方と言いますか、それがいいなというか、ずっと凝視しているとそこに釘付けにされて、砂時計に自分という人間の思考も行動も時間も拘束されて支配されるとも解釈できる、そうして繰り返しひっくり返す度に砂時計が見ている私の時間や諸々を食うというか取り込むというか、費やされていくのだとしたら、この砂時計達は私の元にきて所有される事によりそういう意味での私の物になっていくのだなと思って。こういう意味での砂時計が好きだなぁと。あと真ん中のキキララのは、いつかのカポーティの「冷血」に出てくるナンシーの部屋を思い出させるような愛らしさがあります。一番見られる事を意識して作られている気がします。


白木?の砂時計は京都で100円でした。最初に買った物です。絵画展後に、妹と観光旅行として、京都に行きました。私にとっての京都は、同じ国の日本でも土地が変わればこうも人が変わるのか、というカルチャーショックを受け取る土地となりました。イントネーションとか喋る言葉がすごくそう感じて・・あと左歩く?とか、歩いたり待ったりなんだりするのが感覚的に金沢より気短というか・・何より皆さん商売向きな声とか気質でいらっしゃるのかなー?と思いました。金沢帰ってバイトする時に私もこうしよああしよ思うところがあって、それは発見でした。でもやっぱり住むなら金沢の方がで、私は京都には住めないと思いました。なんとなし非日常な感覚が京都にはありました。観光楽しかったけど!人が気になる性分だので・・そんな性分の私によるひとつの京都観でした。


住みたいかどうかなら、富山に住んでみたいです。
絵画展の時に、早苗さんに車で乗せてもらって通っていた私でしたが・・富山好きだと感じたのです。初めは緊張緊張だったけれど、最後の日は通う理由が無くなって、明日からまたじっと金沢に居ると思うと、なんとも言えぬ気持ちだったのです。京都が富山となおのこと掛け離れた土地だったので、更にさみしく感じたりして。こうして書いているとまた行きたい気持ちが膨らむです。。ギャラリー ガラスのピラミッドでの今のクリスマス展、私バイトなどあって行けなさそう・・悔しいので、年明けてどなたかの展示が始まったりなどした時には、行きたいと思うです。




そいや今日は休みでした。
寝坊し、午後に年賀状の案をpcでいじってたのですが決めきれず・・。もやもや。
何かの性にするつもりもないですが、原因正して直したい気持ち・・でもぐっとこらえて。
休んで、イメージが浮かんで形に出来そうになったら、それを逃さず捉えたらきっといいと思い。
2012という年号の一筆書きが出来ないのが、思考が止まる感・・どう決めよう・・。
紙の上でまた考えよう、うん。


やりたい事は、些細で、「本など読む」「らくがき」「部屋の掃除機掛け」「ホコリ拭き洗い」「カリンバ」「音楽聴く」・・などで私的で小さいしややもするとそれらの集合体としての「やりたい事リスト作る」なんてのまでやりたいと思う。書くとかメモしないと出来ない人間だし、絵にして初めて納得がいったとかもあるし、私的な事だけども、大事だと思う。あまりにも自分から掛け離れた事に手を着ける計画は、自分自身で立てられませんが、また絵の延長線上の事で出来る事があったらしたいと思います。


では今日はこの辺りで。
(いっぱい書いた?自分の中にあって、ここに書いて出したかった事が、書けたと思うです。。)
おやすみなさい。
ご報告と、新しい本と。。
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こないだ買いました本になります。
左にあるのは展示のDMです。
10月頃にたまたま21美に行ったら、「作る力」の展示が、市民ギャラリーでやっていたのです。
とても好きな感じだったから・・カタログとか出るのだったら絶対欲しいと心に決めていました。
手にしてまだ時間が短いのですが、これから少しずつ読みたいと思います。
写真も出ていて、見るだけでもなんだか、好きです。


さて、先日やっとここで「おもちゃバコ展」について書いて下さってる、ギャラリーの水野さんのブログ、友人の吉田さんのサイトについての、リンクを添えての記事だったのですが。今日も水野さんのブログへのリンクと共に、記事を書きたいと思います。(先日、今日と言い、勝手にですみません。)

「happy christmas day 2011 クリスマス・ギフト展 」(http://space08.exblog.jp/d2011-11-07/
「はじまりました!クリスマス・ギフト展」(http://space08.exblog.jp/d2011-12-16/

私も少しながら・・先日の「おもちゃバコ展」から3枚、絵を出させて頂いてます。
ライブもあるみたいです。早苗さんライブペイントするそうです。早苗さんの絵も数点展示されています。
もう終わったライブもあるみたいで・・第七警察気になってたですが行けなくて動画でライブの雰囲気味合わせて頂きました。
行きたい〜のですが、私自身が行けるかわからないのです。。
でも画像を見てるともう!とても気になります、富山に行きたくなります〜。




にしても年末ですね、年賀状の季節ですね。
木版で毎年干支をモチーフに自分なりになんやらかんやら作ってるので今年もやりたいところで。
だいたい案が出来ているので・・紙に描いたの取り込みpcの中でまとめて、印刷して、版にそれを写して、あとはただただ掘るのみ!という一連の作業あるいは手続きが、私にとっての”年賀状”なのですが。うーん、早めにする計画を立ててひたすらに取り組む他ないかしらん。


それから、もう12月に入ったという事で一年を振り返る人だとか・・メディアでもよくこの一年云々という話が出てますが。そういうのって外的なものというか、内側の私そのものはそこまで意識していない事だったりして、なんか気持ちが焦りますね。私だけでしょうか?わちゃわちゃというか、何かし忘れている事がないかとか、思って、やりたい事あれもこれも、たくさんあるのにとか。ひとつひとつを少しずつと、思いながらも、まわりの事が気になってというこの頃です。


なんか・・ネットにずっと居るとか、ネットに過敏になるとか、嫌だと思うです。おおらかで、普通の面と向かっての会話みたいに、気楽な感じが好きだと思うというか。もっとドライでいいんじゃないでしょうか。やっぱり目の前の人の方が私にとっては、存在が強いです。面と向かう前提でないと、深入りは無いのかもとか・・。


色々をば。
では。